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1. 光造形の歴史と基礎
液状感光性樹脂を用いた3次元光造形(ステレオリソグラフィー)システムは、1981年小玉秀男氏(名古屋市工試)によって基本コンセプトが提唱された。若干遅れて米国3M社のA.
Herbert氏が、小玉氏と独立して詳細な論文を発表した。しかし、不幸にもこれら先駆者の仕事はすぐには注目されなかったが、1984年ごろになると米国のUVP社(後の3Dシステムズ社)のC.
Hull氏および大阪府立総研の丸谷洋二氏が実用化のための技術開発に関する発表行い、にわかに現実味を帯びた。1987年には3Dシステムズ社が世界初の実用機
SLA-1の製品化を発表し世界的に注目を得た。その翌年、日本では、三菱商事が丸谷氏の技術に基づきSOUPシステムを発表した。その後、ソニー・JSRグループがSCSシステムを発売し、実用化の段階に入った。帝人製機は1991年米国DuPont社の技術を導入し、1992年にSOLIFORMシステムを発表した。
最近特に3次元CADの普及に連れて、自動車産業、家電業界などの基幹産業分野に急速に採用されるようになった。今日では、液状感光性樹脂を用いるいわゆる『光造形』システムのみならず、熱可塑性樹脂を押出し積層する方式(FDM)、熱可塑性樹脂粉末の溶融接着積層方式(SLS)、紙を薄膜積層する方式(LOM)、金属粉を吐出させ積層する方式(Ink-Jet法)などの各種方式が開発され上市されるようになった。これらは総称してラピッドプロトタイピング(RP)システムと呼ばれている。ここではこれらの方法の詳細については割愛し、液状感光性樹脂を用いた3次元光造形システムついて述べる。
光造形システムの原理は、図-1で示すように、CADデータを元に作成した3次元データを硬化させるための断面データに変換し、このデータに基づき、紫外線レーザーで一層ずつ硬化させ目的とする3次元物体を作成するものである。
図-1 光造形システムの原理
図-2に帝人製機のSOLIFORMシステムのブロック図を示す。Arレーザ光をレンズ系を経由してデジタルスキャナミラーで制御しながら容器中のテーブル上で感光性樹脂薄膜層を一層ずつ硬化させ、所望の3次元物体を得るものである。
図-2 帝人製機製SOLIFORMシステムのブロック図
1-1 光造形の応用分野
光造形の応用分野は(a)工業分野では、デザインモデル、ワーキングモデル、マスタモデル、木型、樹脂型、ロストワックスマスタ、真空注型マスタ、少量生産部品、真空注型型、直接射出成形型、(b)3次元コピーとしては、人体モデル、靴型、立体地図、(c)医療分野としては、手術シュミレーションモデル、補装具、教育訓練用モデルなどが挙げられる。今後、材料開発が進むにつれてこれら用途は飛躍的に拡大するものと期待される。
1-2 光造形法の要素技術
光造形の要素技術は、(A)ハードウエア、(B)ソフトウエア、(C)光硬化性樹脂が有り、更に、これらを使いこなすための(D)造形ノウハウから成り立っている。これらのうち、どの一つがかけても目的とする造形物を得ることは出来ない。本報告では、光造形に用いる光硬化性樹脂の概要と、我々の新規樹脂開発の取り組みの1例を示す。
2. 光造形用感光性樹脂とその現状
2-1 光造形用樹脂への要求特性
光造形用樹脂への要求特性として、以下の点が挙げられる。
(1) 樹脂粘度が低いこと
(2) 操作現場下での樹脂の安定性に優れること
(3) 硬化スピ−ドが速い(瞬間硬化)こと
(4) 多層積層三次元重合に適していること
(5) 硬化精度が優れていること
(6) 硬化時の体積収縮率が小さいこと
(7) 硬化物の機械特性が優れていること
(8) 人体への安全性が優れていること
これらの中で特に(3)硬化速度と(4)多層積層三次元重合に適していることが光造形用樹脂に対する際立つ要求特性である。光造形では通常0.1mm〜0.2mm程度の硬化薄層を何百層、何千層も積層するため限られた期限内に目的とする造形物を得るためには、用いる感光性樹脂の硬化速度が極めて重要である。重合領域に照射されているレ−ザ光の照射時間は積算してもマイクロ秒〜ミリ秒程度の瞬間であり、重合反応は触媒種の寿命範囲で終了してしまうこともある。この瞬間に硬化反応を完了させるために多官能化合物を材料に採用せざるを得ず、これが得られた造形物の物性に大きく影響を及ぼすことになる。また、多層積層3次元重合の側面から見ると、薄い硬化層の積層により造形が行われるため、層間での重合反応まで十分考慮しなくてはならない。そのためにホトレジストやPS版などで用いられている2次元に近い概念の材料の延長上では容易に考えられない技術の壁が存在する。少なくともこの二つの要因が光造形用樹脂開発で大きな位置を占めている。
ハ
2-2 感光性樹脂の分類
光造形で用いられる液状紫外線硬化樹脂は一般的に、光重合性オリゴマ−(広義の単量体を含む重合主剤)、反応性希釈剤および光重合開始剤が必須要素であり、これらに必要に応じて光重合助剤、添加剤、着色剤などが配合されている。硬化の反応機構により大別して二つに分類することができる。一つはラジカル重合反応により硬化するタイプであり、もう一つはカチオン重合反応により硬化するタイプである。前者はアクリロイル基やビニル基が官能基であり、後者はエポキシ基やビニルエーテル基が官能基となる。また、使用される光重合性オリゴマ−の種類によって、大別して、
(a) ウレタンアクリレ−ト系
(b) エポキシアクリレ−ト系
(c) エステルアクリレ−ト系
(d) アクリレ−ト系
(e) エポキシ系
(f) ビニルエーテル系
とに識別される。(a)〜(d)はラジカル重合反応で硬化するタイプであり、(e)および(f)はカチオン重合反応により硬化するタイプである。現状ではこの中で、(a)ウレタンアクリレ−ト系および(b)エポキシ系の感光性樹脂が主に使われている。この両者には一長一短があり、その目的に応じて使い分けられている。
ウレタンアクリレ−ト系とエポキシ系光造形用樹脂の特徴を表-1に比較して示す。ウレタンアクリレ−ト系は典型的な光ラジカル重合触媒を用いているのに対して、エポキシ系では光カチオン重合触媒にラジカル重合触媒を含むハイブリッド触媒系を用いている。
|
ウレタンアクリレート |
エポキシ系 |
粘度 |
△ |
◎ |
皮膚刺激性 |
△〜○ |
○ |
材の選択範囲 |
◎ |
△ |
ウレタンアクリレート系で用いられるラジカル重合は一般的に反応速度が速いがため重合がランダム性になりやすいことが挙げられる。しかし、イソシアネート成分とアルコール成分から容易に新しいものが合成可能であり、得られる高分子主鎖中にウレタン基があるため、分子間凝集力が大きく、高分子主鎖中にポリエ−テル基を有するエポキシ系樹脂に比べ機械特性、および熱的特性は有利と考えられる。
一方、エポキシ系化合物の重合はスルホニウム塩等の光分解から誘導されるカチオン(プロトン)により重合反応が開始される。このカチオン重合反応は、ラジカル重合系と比較したとき重合速度は遅いが、逐次重合性の要素を持っており得られる重合物の収縮歪みが小さな傾向がみられる。そのため、エポキシ系の光造形樹脂は得られる造形物の寸法精度が有利であると信じられており、最近特に広く用いられるようになった。また、カチオン種はラジカル種と比較して空気による失活が少なく、空気阻害性に有利であり造形直後の造形物表面のタッキイ性(ベタツキ性)に優れている。しかし、エポキシ系樹脂の場合には選択される剤の範囲が極端に制限され、人体への安全性や高速重合の必要性から使用されている主剤は特定の脂環族エポキシ化合物に殆ど限定されている。
光造形用樹脂はエポキシ系樹脂が主流になりつつあるのが現状であるが、ウレタンアクリレ−ト系樹脂は剤の選択範囲がエポキシ系樹脂に比較して圧倒的に大きく、そのため、耐熱性、衝撃性、強度、伸度などの諸物性を特徴的に得易い。今後ユーザーの要望がより拡大し、これら物性にスポットを当てた材が必要となるとき、また、光造形システムに必然的に求められる高速重合の必要性がより求められるときには再び注目されるものと思われる。
モデル用樹脂として、汎用プラスチックスであるABS(アクリロニトリル/ブタジエン/スチレン系)樹脂を一つの目標として開発がすすめられている。このABS樹脂は物性のバランスがとれていてかつ成形性もよく安価なため広く利用されている。光造形用樹脂の開発者はかなりの精力を注入しているにもかかわらず、市場にある樹脂の性能はいまだ目標のABS樹脂には到達していないのが現状であり、上市されている光造形用樹脂はかなり低水準の樹脂であると言えよう。しかし、ある物性に着目すれば、機能を十分果たすことが可能な樹脂も開発されてきており、今後、開発のスピードも速まるものと思われる。
2-3 光造形用樹脂の組成
光造形で用いられるウレタンアクリレート系の光硬化性樹脂組成物は、ウレタンアクリレートオリゴマーを主剤として、これに単官能や多官能のアクリレートモノマー(反応性希釈剤)を含み、これに光ラジカル開始剤、必要に応じて各種添加剤を加えて感光性樹脂組成物としている。エポキシ系の光硬化性樹脂組成物は、脂肪族ジエポキシドに多官能エポキシオリゴマーを主剤として、これに、造形性を向上させるために多官能アクリレートモノマーやオリゴマーを加えている。アリールスルフォニウム塩を光カチオン重合開始剤とし、また、光ラジカル開始剤、必要に応じて各種添加剤を加えて樹脂組成物としている。
ウレタンアクリレート系光硬化性樹脂組成物は、ラジカル開始剤、たとえばベンジルジメチルケタールの光開裂反応により生成したベンゾイルラジカルのアクリロイル基に対する攻撃で反応が開始し、3次元架橋を伴う重合反応により硬化(不溶化)が進行する。また、エポキシ系光硬化性樹脂組成物では、アリールスルホニウム塩が光で励起し、水素供与化合物から水素を引き抜き、結果として水素イオンを放出する。この水素イオンがエポキシ基を攻撃して反応が開始する。この反応は逐次的に進行すると信じられている。この反応は、比較的遅いためにラジカル重合系を共存させて反応速度を稼いでいる。
3. 新規樹脂開発
3-1 開発指針
我々が開発を行ってきたモデル用樹脂であるTSR-800シリーズについてその概要を述べる。その開発コンセプトはABS樹脂並の物性を目的として、(a)硬化物の物性のバランスがとれていること、(b)造形がしやすいこと、(c)収縮性が小さいことを挙げて開発した。物性のバランスについてはIPN(Interpenetrating
Polymer
Network)の思想を取り入れて、アクリル系とエポキシ系のそれぞれの良さが発揮されるような組成とした。造形性については新しく開発した硬化深度に対する考え方を投入して、程良い硬化深度特性を示すように調製した。また、低収縮性については、嵩高い基を分子内に有するモノマーを積極的に採用することにより達成した。
3-2 TSR-800シリーズの基本構成
TSR-800シリーズは、脂環族エポキシ化合物に、嵩高い基を分子内に有する多官能アクリレートオリゴマーやモノマーを加え、アリールスルホニウム塩系光カチオン重合開始剤、ラジカル重合開始剤および各種添加剤を含有させている。その基礎的な物性は表−2に示すようになっている。この樹脂は、皮膚に対して低刺激性であり、造形性に優れた硬化深度(Dp〜6.0)を有している。耐衝撃性を除きほぼABS樹脂の物性に迫る性能を有している。また、造形物は後加工性が良好でネジ立てが可能なため、モデルの応用範囲を一層拡大させている。
銘柄 |
TSR-800 |
TSR-810 |
TSR-820 |
ABS 樹脂 |
|
ベース樹脂 |
エポキシ/ |
エポキシ/ |
エポキシ/ |
||
粘度(cps, 25℃) |
300 |
557 |
225 |
||
硬 |
引っ張り強度
(kg/mm2) |
6.8 |
6.9 |
8.0 |
4-6 |
外観 |
淡黄色透明 |
淡黄色透明 |
淡黄色透明 |
*)ロックウェル硬度
3-3 各社の代表的なエポキシ樹脂
表−3に公開された特許情報より推定される各社の代表的なエポキシ系樹脂の組成を示す。いずれも脂環族エポキシ化合物を主剤として、適当な多官能エポキシ化合物を含み、これに多官能アクリレートを加えたハイブリッド型樹脂組成物となっているものと推定される。先にも述べたように、採用できるエポキシ化合物がきわめて限定されるため組成的には類似しており、各社特徴を出すために腐心している。
3-4 各社の光造形用樹脂の開発動向
三次元光造形システムの展開が急速に拡大するに連れて、新規樹脂開発の重要性が再認識され、各社での開発も活発になってきている。Arレーザ用の各社の代表的樹脂をカタログより抜粋して表-4示す。モデル用樹脂では、エポキシ系樹脂に多く注力されている。また、同時に表-5に帝人製機が上市している樹脂の一覧を示す。
製造会社 |
旭電化 |
JSR |
CHIBA-GEIGY |
DSM-SOMOS |
|||
銘柄 |
HS-673 |
HS-680 |
SCR-701 |
SCR-801 |
SL 5180 |
SL-5410 |
SOMOS |
ベース樹脂 |
エポキシ |
エポキシ |
エポキシ |
エポキシ |
エポキシ |
エポキシ |
エポキシ |
粘度(cps) |
200 |
380 |
340 |
4,800 |
265 |
560 |
(850)* |
Ec (mJ/cm^2) |
26.1 |
20 |
33 |
9 |
13.3 |
10.1 |
10 |
引っ張り強度 (kg/mm^2) 硬化収縮率(%) |
6.8 |
8.0 |
7.7 5.8 1.2x10^-4 |
8.6 |
5.6-6.6 |
7.3 |
6.1 0.18 |
硬化物外観 |
淡黄色 |
淡黄色 |
淡黄色 |
乳白色 |
淡褐色 |
淡褐色 |
淡褐色 |
特徴/用途 |
モデル |
モデル |
モデル |
フィラー/型 |
クィックキャスト |
高耐湿/ |
高耐湿/ |
*)30℃での測定
3-5 モデル用樹脂の今後
モデル用樹脂としては、@ユーザの切望するABS樹脂並の性能をより厳しく要求されるであろうし、また、用途に応じた個別の物性が要求されるであろう。A造形精度がより厳しく要求されるために、今後低収縮性モノマーの開拓が必要となると思われる。B湿度や温度などの環境の影響の少ないもの、造形物の経時変化の少ないものが期待される。また、C造形時間短縮のための樹脂の高感度化が要望されるであろう。また、樹脂の機能性を高めることも必要である。
4. 新規用途開発
我々は、ユーザのニーズを把握し、@複雑形状軟質モデルに好適なゴム状軟質樹脂(TSR-1920,1920B)、およびA機能試験モデルに供することが可能な耐熱性樹脂(TSR-910,
920)を開発した。これらの樹脂は、表−5にその物性の概要を示す。これらは、機能部品の試作、機能試験モデルとして有用と期待している。また、フィラー入りスーパーエンジニアリング樹脂(コンパウンド)と同等な性能を有するフィラー強化光造形用樹脂(TSR-1970)の開発にも成功した。この樹脂は、曲げ弾性率が鋼のそれに匹敵し、また、熱線膨張係数がきわめて小さいことより、フィラー入りのスーパーエンジニアリング樹脂を用いる分野で切削加工が困難な部品などの試作に大いに活躍できるものと期待している。
銘柄 |
TSR |
TSR |
TSR |
TSR |
TSR |
TSR |
TSR |
レーザ |
Ar/LD |
Ar/LD |
Ar |
Ar/LD |
Ar |
Ar |
Ar |
ベース樹脂 |
E/A |
E/A |
UA |
UA |
UA |
UA |
UA |
粘度(cps) |
557 |
225 |
35,000 |
25,000 |
570 |
500 |
56,000 |
引っ張り強度
(kg/mm^2) |
6.9 |
8.0 |
8.5 |
9.1 |
7.8 |
0.8 |
12.3 |
硬化物外観 |
透明 |
透明 |
灰白色 |
灰白色 |
透明 |
透明(黒色)ゴム様 |
灰白色 |
特徴/用途 |
汎用モデル |
汎用モデル |
射出成形型 |
射出成形型 |
機構部品 |
ゴムモデル |
スーパエンジニアリングモデル |
5. 今後の展開
今後は、ユーザの要求が多岐にわたると推定され、その目的にあった樹脂の設計が必要となる。(a)寸法精度向上
(±0.05〜±0.1mm)と寸法の経時変化の防止は緊急かつ重要な課題である。それに加えて(b)高機能化、耐熱性向上(〜100℃、>150℃)、機構部品への適応化(ABS樹脂と同等あるいはそれ以上の物性)も期待される。一方、現状の(c)直接型用樹脂の性能向上(熱伝導率など)、ゴム様樹脂の性能向上や、(d)新規のロストワックス用樹脂の開発などが必要と考えている。
光造形用樹脂の本格的開発は緒についたばかりといっていいほどであり、瞬間重合反応の特殊性という制約から、乗り越えなくてはならないハードルが沢山ある。しかし、ユーザの要望がより厳しくなることから、樹脂開発者には新しいコンセプトに基づく開発が期待されており、心してそれにあたらなければならない。
参考文献
1. 帝人製機株式会社, "SOLIFORM 500B"カタログ, 1997.10、"SOLIFORM 500C, 250B"カタログ, 1999.3
2. 帝人製機株式会社, SOLIFORM 用樹脂カタログ, 1997.10 及び1999.3
3. 田村順一、萩原恒夫, オプトロニクス, No.4, 119 (1996)
4. 小玉秀男, 電子通信学会論文誌, J64-C, No.4 (19981)
5. A. J. Herbert, J. Appl. Photo. Eng., 8, 185 (1982)
6. 丸谷洋二, 特開昭60-247515
7. C. W. Hull, 特開昭62-35966